長編はひらめきではなく分量管理で終わる
最初の章は誰でも書ける。問題は三章目の半ば、最初の熱が冷めて残りの分量が山のように見える地点だ。ここで原稿を救うのは、より大きなひらめきではなく、今日どこまで書けばよいかが決まっているという事実である。長編は気分で書く文章ではなく工程で書く文章であり、工程には単位と日程が要る。
分量管理は創作を縛る枠ではない。むしろ「今日はここまで」が決まっているからこそ、その中で思う存分迷える。終わりがどこか分からないまま書く一日は、いくら書いても足りなく感じ、その不足感が翌日机に向かうのを妨げる。全体の分量を決め、章に分け、章を回に分けて、今日の取り分が目に見えるようにしよう。
だからこの記事は、美しい文を書く方法ではなく原稿を終わらせる構造を扱う。章とシーンの単位、一回分の分量、目次、書き直しの順序。この四つが揃った原稿は、遅くとも終わりに届く。
章とシーンを分ける基準
章は、読者が本を閉じてもよい地点だ。シーンは、場所や時間、視点人物が変わる地点だ。だから章は読者の呼吸で分け、シーンは物語の物理的な条件で分ける。この二つを混同すると、章がシーンひとつで終わって息が詰まるか、一章の中で場所が五回変わって読者が迷子になる。
一つの章には一つの問いがなければならない。この章が終わるとき読者が新たに知ること、あるいは新たに気になることが何かを一行で書けないなら、その章はまだ章ではなく材料の束だ。シーンはその問いに向けて状況を一目盛り押す単位である。状況が動かないシーンは、どれほどよく書けていても切る。
- 章の境目: 読者がここで止まっても、次が気になるか
- シーンの境目: 場所、時間、視点人物のうち一つ以上が変わるか
- 章の問い: この章が終わるとき何が変わっているかを一行で
- シーンの役割: その問いに向けて状況を押したか、その場に留まったか
- 長さの均衡: 特別な意図がなければ、章ごとの分量が大きくばらつかないように
一回分の分量を決め、進みは単位で測る
進みを時間で測ってはいけないのは、時間は座っているだけでも流れるからだ。原稿用紙の枚数、A4のページ数、文字数のように成果物に付く単位で測れば、今日どれだけ書いたかを自分に嘘をつけない。どの単位を使うかは問わない。大事なのは毎日同じ単位で測ること、そして全体の目標も同じ単位で表されていて、残りの距離が一目で分かることだ。
一回分の分量は、たとえば原稿用紙20枚、A4二ページのように、一日で無理なく埋められる大きさに決める。この数字は人によって違うので、他人の基準は借りられない。最初の二週間は目標を立てず、実際に書いた量を記録だけしてみる。その平均の少し下を一回分に据えれば、ほとんどの日で目標を超えることになり、その小さな成功が翌日を作る。
章ひとつを、たとえば原稿用紙60枚前後と見積もったなら、三回で一章が終わる計算になる。こうして章と回が整数で噛み合えば、目次はそのまま日程表になる。今日が何回目かがすなわち何章のどのあたりかであり、その位置が見えるだけで途方もなさの半分は消える。
| 進みを測る単位 | 向く場合と落とし穴 |
|---|---|
| 原稿用紙の枚数 | 出版の慣例と合い、編集者と話しやすい。会話の多い章は枚数が早く増え、進みを過大に見積もりやすい。 |
| A4のページ数 | 目で確認しやすい。フォントや余白の設定が変わると基準がぶれるので、最初の設定を固定しておく。 |
| 文字数 | 最も正確で、編集ツールがすぐに出してくれる。数字が細かく動くので、一日単位の達成感は薄い。 |
| シーンの数 | 構造の感覚が育つ。シーンごとに長さが違うので、残りの距離を測るには弱い。 |
目次を先に立て、それから揺らす
目次なしで始めた長編は、たいてい中盤で止まる。目次は完成した設計図ではなく、今見えている道を書き留めた地図だ。章のタイトル、その章の問い、見込みの分量を一行ずつ書けば、最初の目次は一時間もあればできる。この目次があってこそ、今日書く章が全体のどこに置かれるかが分かり、前後の章に何を仕込んでおくべきかも見える。
しかし目次は守るために立てるのではなく、揺らすために立てる。書いていると人物が予定と違う選択をし、二つの章が一つに合わさり、なかった章が必要になる。そのたびに目次を直すが、原稿を止めて直してはいけない。目次の横に変更メモを書いておき、その日の回を終えてから反映する。目次を直す作業は書く作業ではないので、書く時間にやってはならない。
- 最初の目次は、章のタイトル、その章の問い、見込みの分量の三欄で足りる。
- 目次は回を終えた後にだけ直す。書いている間はメモだけ。
- 章を合併したり分割したりした後は、全体の分量目標を計算し直す。
- 削った章は捨てずに別ファイルへ移す。推敲で生き返る章が必ずある。
読み返しと書き直しを切り離す
初稿の途中で前の部分を読み返すと直したくなり、直し始めるとその日の回は進まない。だから読み返しは目的を決めて行う。今日書く章に必要な情報を確かめるために前の章を開くのは読み返しであり、その章の文が気に入らなくて手を入れるのは書き直しだ。前者は許し、後者は初稿が終わるまで禁じる。
行き詰まったときも同じ原則が当てはまる。行き詰まりの大半は、文ではなく情報が足りないことから生じる。このシーンで人物が何を望んでいるのか、この章の問いは何だったのかが分からなければ、文は出てこない。そんなときは文を抱えて座り込む代わりに、下の手のどれかを使う。
- 章の問いをもう一度一行で書く。書けなければ目次に戻り、その章を定義し直す。
- 詰まったシーンを飛ばして次のシーンを書く。その場所には角括弧で「ここでAがBを知る」のようなメモだけ残す。
- 同じシーンを別の人物の視点で一場面だけ書いてみる。情報がどこで漏れているかが見える。
- その日だけ一回分の分量を半分にする。半分でも進めば、翌日止まらない。
- 書かずに話す。その章で何が起きるかを誰かに説明するように録音するか書き留める。
初稿と推敲は違う基準で見る
初稿の基準は一つだけだ。最後まで行ったか。文が荒く、場面が薄く、前後が合わなくても、最終章の最後の一文に届いたなら初稿は成功だ。推敲の基準は逆に複数ある。構造は合っているか、人物は一貫しているか、文は読めるか。この複数の基準を初稿に当てると、原稿は第一章で磨かれたまま終わる。
推敲でも、一度にすべての基準を見はしない。一回目の読みは構造だけを見る。章の順序、抜けている章、重なっている章。このときは文を直さず、章単位でメモだけを取る。二回目の読みは人物と情報の流れを見る。誰がいつ何を知るかを表にすると矛盾が浮かぶ。文を磨く作業はその後、三回目以降に回す。順序を変えると、まもなく消える章の文を夜通し磨くことになる。
よくある質問
全体の分量をどれくらいにすればよいか分かりません。
書きたい本と似た判型の本を数冊選び、原稿用紙の枚数や文字数を見積もってみてください。そこからおおよその範囲を取り、その範囲の中で自分の目次が自然に埋まる大きさを選べばよいのです。最初に決めた数字は目次を揺らすうちに変わるものなので、長く悩まないでください。
一回分の分量を埋められない日が続いたらどうしますか。
目標が大きすぎるという合図です。自分を責めず、一回分の分量を下げてください。毎日越えられる小さな目標のほうが、たまに達成する大きな目標より原稿をずっと遠くまで運びます。
初稿を書いている間、前の部分は絶対に直してはいけませんか。
物語の前提が変わって、先が書けないほどなら直すべきです。ただしその判断は回を終えてから目次の前で行い、文単位の手直しは初稿が終わるまで先送りするほうが安全です。
推敲は何回やれば終わりますか。
回数ではなく基準で終えます。構造、人物と情報の流れ、文、というように読みごとに基準を一つ置き、その基準でもう直すものが出なくなったら次の基準へ進んでください。最後の読みで直したものが好みの差の範囲なら、原稿は手を離れる準備ができています。